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最高裁判所第二小法廷 昭和63年(行ツ)183号 判決

東京都港区南青山五丁目一番一〇号

南青山第一マンシヨン一一〇五号

上告人

中松義郎

右訴訟代理人弁護士

本間崇

吉澤敬夫

田原昭二

神奈川県南足柄市中沼二一〇番地

被上告人

富士写真フイルム株式会社

右代表者代表取締役

大西實

大阪市北区堂島浜一丁目二番六号

被上告人

旭化成工業株式会社

右代表者代表取締役

宮崎輝

東京都世田谷区玉川台二丁目三三番一号

被上告人

住友スリーエム株式会社

右代表者代表取締役

奥田英博

右当事者間の東京高等裁判所昭和五八年(行ケ)第一四八号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年九月一三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人本間崇、同吉澤敬夫の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原判決を正解しないでその違法をいうか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥野久之 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一)

(昭和六三年(行ツ)第一八三号 上告人 中松義郎)

上告代理人本間崇、同吉澤敬夫の上告理由

上告理由第一点 原判決には採用した証拠からは何人といえども抽き出すことのできない証拠資料に基づいて事実認定をなしたという採証法則の違反及びその証拠の写真の写が不鮮明であるから、わざわざ提出された原写真を採用せず審理を尽くさなかった違法があり、それが原判決に影響を及ぼしたことが明らかである。

一、原判決は第一引用例には本件考案と同一の「前面フランジが窓なし透明であり、後面フランジ全体が単一色の着色不透明であるテープ用リール」が記載されていると認定するに当たり、甲第三号証の三の広告写真を採用したが、右写真からは到底、抽き出すことのできない証拠資料を認定してこれを判断の資料としている。

二、原判決の右認定箇処は次のとおりである。

「……しかも前掲甲第三号証の一ないし四を精査するも、第一引用例には……右(後面)フランジは着色されることにより不透明になっているものと推認するのが自然であって、このことは、前掲甲第三号証の三によれば第一引用例記載のコンピュートロン社のCOMPUTAPEとLEXAN Reelsの写真入広告には、女性が右手の親指をハブの輪の中に入れ、小指と薬指でリールの外周部を支えてLEXAN Reelsをもっている姿が写されているところ、右写真において、捲回されたテープによって遮蔽されていない部分の背後にあるリールをもつ女性の右手や衣服が透けて見えておらず、右リールの後面フランジは不透明であると認められることからも首肯し得るところである。」(原判決55丁表三行~裏五行)

三、右箇処において原判決が甲第三号証の三の写真から抽き出した心証は、「写真中の女性が右手でもっている向かって左側のリールにおいて、捲回されたテープによって遮蔽されていない部分の背後にあるリールをもつ女性の右手や衣服が透けて見えておらず」という点にある。

原判決は、右の心証を証拠資科として、「右リールの後面フランジは不透明であると認められる」という事実認定をなしたのである。

四、この写真から抽き出した右心証は、右リールは、最外層に指一本位の幅の白い層が見え、そのすぐ内側に薄黒い層が指二本位の幅(目盛でいえば一二〇〇の少し下から二〇〇〇の少し上迄)で見え、その内側により黒い層が指二本位の幅(目盛でいえば一二〇〇の少し下から四〇〇の下迄)で見えているところ、右の薄黒い層は後面フランジの不透明着色部分が前面フランジを通して見透せたものとの心証である。

即ち、その内側のより黒い層がテープの捲回された部分であって、その外側の薄黒い層は、「捲回されたテープによって(後面フランジが-上告代理人注)遮蔽されていない部分」であると原判決は考えたのである。

そうであるからこそ、原判決はその薄黒い層「の背後にあるリールをもつ女性の右手や衣服が透けて見えておらず」との心証を採り、その結果、「右リールの後面フランジは不透明であると認められる」と認定するに至った。

五、しかし、事実はこの薄黒い層はテープが捲回された部分なのである。このことは、女性が左手で支えているテープがリールから引き出されている元の箇処の位置を見れば容易に判明する。

従って、薄黒い層もその内側のより黒い層も共に捲回されたテープの部分である。

同じテープの部分であるのに外側と内側とで黒さが違って見えるのは、原審で被上告人(原告)が主張したように、「右のリールの前面フランジはその外周から内周へ向かって半分ほどがプラスチックの表面を粗面化して、透明度を若干変化させるような、いわゆる『梨地仕上げ』されているもの」であるからであって、このことは「甲第六号証の図からも分かることである。」(原判決17丁裏~18丁表)

右リールの最外層に見える約指一本幅の層が透明でなく白く見えるのもそのためである。

従って右リールの写真では、後面フランジは全く見えていないのである。

本件審決は、この点について、「……また、コンピュートロン社のCOMPUTAPE.とLEXAN Reelsの広告には、白黒写真が掲載されているものの、それは前面フランジ側の写真のみであり、後面フランジの写真が存在しない。……したがって第一引用例には……という本件考案の主要な構成要件が記載されているものと断定することはできない。」(原判決6丁裏~7丁表)と正しく認定している。

六、前項四で述べた原判決の心証の採り方は、写真のリール中の内側のより黒い層だけが捲回されたテープの部分であると見たことに起因するが、女性の左手が支えるテープのリールからの引き出し元の高さを見れば、その見方が誤りであることは歴然である。

左手のテープは、右リールの薄黒い層のほぼ頂点部分から引き出されて、少し垂れ下がりながら左手の指に支えられその後、下方に垂れている。

このテープがより内側のより黒い層の頂点部分から引き出されたと見ることはそのリールからの引き出し箇処の位置の高さ関係から考えてもあり得ないことである。

すなわち内側のより黒い層から引き出されたものと原判決のように考えると、このテープはより黒い層の頂点部分からリールの外に出る迄に、一旦、より高い位置に引き上げられ、然る後にリールの外に出ていることになる。かかる見方は物理の法則を無視し吾人の経験則に反しているといわなければならない。

上告人が原判決に採証法則の違反があるとしたのは以上の理由による。

七、しかも、甲第三号証の三の広告写真の原写真として甲第三号証の五が提出され、原審の書証目録にも記載されているのであるから、叙上の点の認定は右原写真を見れば一目瞭然であるのに、原判決は何故か第一引用例として甲第三号証の一ないし四しか取調べず、甲第三号証の五を採用しない理由を全く述べていない(原判決56丁表一、二行)。

これは審理不尽の典型的なケースとべきである。

八、原判決の採証法則違反及び審理不尽が判決に影響を及ぼしたことが明らかであることは次のとおりである。

原判決が本件審決の認定(第一引用例には本件考案の主要な構成要件である「前面フランジが窓なし透明であり、後面フランジ全体が単一色の着色不透明であるテープ用リール」が記載されているものと断ずることはできないとの認定。)を事実を誤認したものと判断した根拠は、甲第三号証の一ないし四の第一引用例の対談記事(同号証の二)と広告写真(同号証の三)に求められている。

しかして、上告理由第二点中で詳述するとおり、原判決は第一引用例の対談記事中に出て来るテープ用リールの構成についてその後方フランジ全体に単一色に着色されていると結論づけるに当たり、二回のオレアリー発言の内容からは確定的に根拠となる箇処を見出だしていない。

逆に、甲第三号証の三の広告写真からは、その中で女性が右手でもっているLEXAN Reelsの「後面フランジは不透明である」と断定しているのである。(原判決55丁裏)

このことは、甲第三号証の三の写真から抽き出した心証で原判決は本件審決の認定に誤認の違法ありとしたことを物語っている。

従って、仮に甲第三号証の三についての採証法則違反がなく、又、甲第三号証の五を採用しないことの審理不尽がなく、原判決が「右写真中のリールの後面フランジは見えない」という事実を認識できていたならば原判決は本件審決の認定に事実誤認ありと断定することはできなかった筈である。その意味でこれらの原判決の犯した違法は判決に影響を及ぼしたことが明らかである。

上告理由第二点 原判決には、理由不備のほか判決に影響を及ぼすことの明らかな経験則違反、採証法則違反そして審理不尽の法令違背がある。

一、原判決は、「本件審決は、……第一引用例には、本件考案の主要な構成要件である『前面フランジが窓なし透明であり、後面フランジ全体が単一色の着色不透明であるテープ用リール』が記載されているものと断ずることはできない旨誤認し、ひいて本件考案は第一引用例に記載されたものと同一であると認めることはできないとの誤った結論を導いたものであって、違法として取り消されるべきである。」と判示している。

二、右の原判決の理由中の結論が是認されるためには、第一引用例には本件考案の主要な構成要件(前出)が記載されていること、ひいて本件考案は第一引用例に記載されたものと同一であることを、原判決が自ら積極的に認定できることが必要である。

もし、原判決が右の点について、積極的に断定できず、第一引用例に本件考案の主要な構成要件が記載されているとの積極的認定をするにつき合理的な疑いを残しているならば本件審決のその点の認定につき誤認の違法があると判断することは許されない筈である。

三、上告人は、第一引用例の記載をめぐるいくつかの解釈につき、改めて本件審決の認定は結論として是認できること、及び原判決が本件審決の右認定を誤認と断ずるために示した理由となる事項には主要な点に矛盾が見られ、その結論に至る過程において理由に喰い違いが生じており、常識に反し論理につじつまの合わない事実認定をしている点で理由不備の違法があるか、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違反、採証法則違反及び審理不尽の違法があることを明らかにする。

四、初めに、第一引用例の記載が如何なる構成のテープ用リールについてなされたものであるかについて、最も合理的な、矛盾や誤記と認める余地を残さない解釈の仕方を明らかにする。

その結果、本件審決の認定は結論として正しかったことが導びかれると同時に右認定を誤認と決めつけた原判決の論理過程における矛盾や常識的には納得し難い推論の運び方がクローズアップされることとなる。

五、第一引用例(甲第三号証の一ないし五)(上告代理人注、甲第三号証の五が、甲第三号証の三の広告写真の原写真として原審において提出されている。)の対談記事(甲第三号証の二)と広告写真(甲第三号証の三および五)が対象として取り上げているテープ用リールの構成は次のとおりのものと認めるのが、最も合理的である。各要件のあとに対談記事中の根拠となる箇処を掲げる。

(一)リールの前面フランジおよび後面フランジは共に透明であること。

1、宮本発言「……コンピュートロン・テープのクール(上告代理人注、リール)」は透明で、テープの巻かれている状態がきちんと巻かれているか、折れ曲がっていないか一目でわかり、また、使用されているテープの長さがメジャーによってわかるのはたいへんよいと思います。しかし、透明であるのでクール(上告代理人注、リール)のカラー・コントロールができない欠点もあるが、これに対してどのようにお考えですか。」(甲第二号証の二、41頁左欄下段)

上告代理人注[一]、

この宮本発言は、当然に、リールの前面フランジと後面フランジの双方共が透明であることを前提にしていることが明らかである。もし、後面フランジが全面に着色されているものであれば、透明な前面フランジを透して後面フランジの色を知ることにより、カラー・コントロールができる筈であり、「カラー・コントロールができない欠点もある」という疑問が生じる余地が全くあり得ないからである。

原判決は、このことを否定することができないために、とりあえず

「この点の宮本氏の発言をもって、前面フランジが透明で、後面フランジが種々の色に着色されたリールにより、カラー・コントロールができない欠点がある旨述べたものとは到底解することができず」(原判決52丁表)

と述べた後で、

「以上のことを総合すると、第一の引用例には、宮本氏の使用体験に基づく発言に係る、前面フランジが透明で、前面及び後面フランジに窓がなく、かつカラー・コントロールができないとという欠点を有するテープリールのほか、オレアリー氏の発言に係る、前面フランジが透明で、前面及び後面フランジに窓がなく、カラー・コントロールをなすために後面フランジを着色したテープリールの二つが開示されているものと認められる。」(傍点は上告代理人)(原判決52丁表~裏)

と認定している。

この認定の仕方は暴挙というよりほかはない。

原判決自身、甲第三号証の一ないし四を検討するに当たり、宮本氏とオリアリー氏の対談記事を引用し、宮本氏が

「『私共の会社で、昨年六月から本年一月にかけてコンピュートロンを実際使用いたしましたので、……話を進めたいと思います。まず、……リール……について各々長所・短所を申し上げます。』と述べたうえで、コンピュートロン・テープリールの長所について……と、またその短所について『透明であるので、クール(略)のカラー・コントロールができない欠点もあるがこれに対してどのようにお考えですか。』と述べていることが、……認められ、一方、オレアリー氏は、宮本氏がコンピユートロン・テープリールの短所として指摘した右の点について、『リールの表面は透明になっているが、裏面はブルー……いろいろのカラーがある。』と答えていることが、……認められる。」(原判決50裏~51丁裏)

と認定し、右問答の対象が宮本氏が自分の会社で使用したコンピュートロン・テープリールについてであることを認めているのである。

これはどう考えても同一のコンピュートロン・テープリールについての問答であるとしかいい様がない。宮本氏がそれを「透明であるので……欠点もあるが……」と尋ね、オレアリー氏が「表面は透明になっているが、裏面は……いろいろのカラーがある。」と述べてその欠点は補える旨を答え、さらに宮本氏が「裹面のカラーは、そのテープが稼動しているときに、なんら意味をなさないように思いますが……。」と質問しているのである。

原判決は、右の最後の宮本氏の質問を、「右の宮本氏の質問は、コンピユートロン・テープリールには、カラー・コントロールを可能にするためには後面フランジを種々の色に着色したリールがある旨のオレアリー氏の応答を受けて、そのようなテープリールを宮本氏なりに想定してなされた質問であって」(原判決53丁裏末行~54丁表)(傍点は上告代理人)とか

「右の宮本氏の発言は、前認定説示のとおり、自らの使用経験に基づく発言ではなく、オレアリー氏の発言に係る後面フランジが着色されたテープリールを想定して発せられた疑問であって」(原判決60丁裏)

と看做している。これが暴挙の始まりなのである。

二度にわたる宮本発言はいずれも、コンピュートロンが前面フランジも後面フランジも共に透明であるためカラー・コントロールができないという角度からの発言に終始しているのに対し、オレアリー氏が後面フランジのハブ部分の一部着色や、後面フランジの透明部分に付けるカラー・マークの存在を指摘しているので、両発言を対象の異なるものと強弁したのである。

しかし宮本氏の質問もオレアリー氏の発言も共に宮本氏が日本電信電話公社で昨年(昭和三九年)六月から本年(昭和四〇年)一月にかけてコンピュートロンを実際に使用した体験に基づいたコンピュートロン・テープリールを話題とし、その長所・短所につき、一般読者に判り易いように、質問や疑問の形で宮本氏が発言し、オレアリー氏が短所についてはそれを補えるような使用方法を解説しているとみるのが自然の解釈である。

原判決の上記の判断は吾人の経験則に違反している。

2、オレアリー発言「リールの表面は透明になっているが、……」(同右)

3、オレアリー発言「コンピュートロンでは、ただ単に破れないものとしては前に述べた透明リールがLEXANという新しい素材でできている。……」(同号証41頁中欄下段)

4、宮本発言「LEXANの透明リールのよいことは解りました。」(同右)

(二)、リールの後面フランジのハブの部分又はそれに近接した周辺の部分に、ブルー、グレー、レッド、イエロー等のカラーが着色されているが、ハブ又はそれに近接した周辺部分以外は透明であること。

1、オレアリー発言「……裏面はブルー、グレー、レッド、イエローetc.いろいろのカラーがある。」(同号証41頁左欄~中欄上段)

2、宮本発言「裏面のカラーは、そのテープが稼動しているときに、なんら意味をなさないように思いますが……」(同号証41頁中欄上段)

上告代理人注[二]、

この宮本発言は、後面フランジがハブ又はそれに近い一部分を除いて透明であることを二番目に端的に表している箇処である。すなわち、テープ用リールをコンピューターにはめ込んだ後は、リールを後側から見ることはできず従って、後面フランジのハブ部分及びそれに近接した周辺部分に着色されていても、テープが巻かれている領域だけは、テープの陰にかくれて見えない。従ってハブ部分又はそれに近接した周辺の裏面のカラーは、そのテープが稼動しているときは、前面フランジを透かしても見えないから、意味をなさないのである。(裏面のカラーが意味をなすときは、巻かれてテープ領域が相当量減って来て、裏面のフランジのハブに近い着色部分が前から見て露出して来たとき以降に限られる.)

原判決は、右宮本発言の質問の趣旨は、「リールにテープが相当量捲回された状態でコンピューターに装着されて稼動している状況においては、後面フランジは捲回されたテープによって見通しが遮断されることから、このような場合には、後面フランジが着色されていてもテープのカラー・コントロールに役立たないのではないかという疑問を述べた点にあるものと解するのが相当であり……」と認定している(原判決54丁裏)。

その上、「国際規格(ISO)及ぼびJIS規格により定められている最小のEバリューは、三・二mmであることが認められるが、右のEバリューの大きさからは、リールにテープが一杯に捲回されている状態でテープが稼動している場合であっても、何らの補助手段なしに、一見して前面フランジの着色が明確に識別できるものと直ちに断ずることはできない……」と述べている(原判決61丁裏~62丁表)。

しかしながら、この認定は、吾人の経験則に反している。

「テープの稼動中」ということは、テープが一杯に捲回されていて、前面からは、後面フランジはその輪郭より三・二mm幅でのリング状にしか見えない状態(この状態でも何らの補助手段なく全体に着色された後面フランジのEバリューは見える筈である。)から始まって、捲回されたテープが次第に減って行って前面から見透せる後面フランジのリング状の幅が次第に太くなって行き、やがてテープがなくなって別のリールに全部巻き取られ終わる迄を指す。

(この稼動の最終段階では、いう迄もなくリールの後面フランジは、ハブ部分を除いて全面的に見透すことができるわけである。)

従って、上告人が原審でも主張したように後面フランジガ全面に着色されているならば、テープが稼動している時間の大部分は後面フランジの着色部分が次第に広がるのが見透せるのだからそれがテープのカラー・コントロールに役立たないのではないかという疑問は生ずる余地がないこと経験則上明らかである。

(三)、リールの稼動中のカラー・コントロールを可能にするために、後面フランジのリブ又はその周辺以外の透明部分にカラー・コントロールがつけられるようになっており、前面フランジにカラーのついたサターン・リングが付けられるようになっている。

1、オレアリー発言「そのためには、裏面に付けるカラー・マークも用意されているし、また最新のサターン・リングでは表面にカラー・リングが付けられるようにしてあります。」(同号証41頁中欄上段)

上告代理人注[三]

右の構成については甲第二号証の考案の詳細な説明中、1頁左欄43行~右欄27行に、従来の技術として次のとおり紹介されている。

「また、従来前面フランジが透明で後面フランジが無着色、……となされ、前面に色識別部材すなわち色識別リングを取付けたリールがあったが、このものはリールのハブ前面にリング状ラベル等の色識別リングを取付けたものであって……。」

即ちオレアリー発言に係るリールは、本件考案からみれば、従来技術の一つなのである。

オレアリー発言の「そのためには」という個処は、その直前の宮本質問を受けて、「テープが稼動しているときには、前述した裏面のカラーは意味をなさないけれども、稼動中にカラー・コントロールをするためには」との意味であることは対話の流れから直ちに判明する。

テープの稼動中は、裏面のハブ部分又はそれに近接した周辺の一部分に着色されたカラーは、前面からは見えないけれども、それでも稼動中にカラー・コントロールをするためには、裏面(後面フランジ)の透明部分にカラー・マークを付けること及び表面(前面フランジ)にカラー・リングを付けることによって可能となるとの意味である。

裏面の透明部分に付けたカラー・マークは透明な前面フランジを透して前面から識別することができるからである。

原判決は、このオレアリー発言の「裏面」とは「表面」の誤りであると認定しているが、余りにも恣意的な認定である。このオレアリー発言は、「裏面」を「また」で続く後に出て来る「表面」に明らかに対置させて用いているから、誤記とみることは余りにも無理な解釈であり、誤記とコジツケなくとも充分に意味が通ること右に述べたとおりである。裏面を全面着色したものとの誤認が、この発言中の「裏面」を誤記であることに原判決を無理矢理に追い込んだのである。

右認定は採証法則の違反というほかはない。

六、本件審決は、後面フランジの構成について次のとおり正しく認定している。

(一)、「……宮本功の『透明であるのでクール(これは「リール」の誤植と認められる。)のカラー・コントロールができない欠点もあるが、これに対してどのようにお考えですか。』との質問に対して、オレアリーは、『リールの表面は透明になっているが、裏面はブルー(上告代理人略)……いろいろのカラーがある。』と答え、リールの後面フランジが着色されていることを示唆しているものの、宮本功の『裏面のカラーは、そのテープが稼動しているときに、なんら意味をなさないように思いますが……』という反論に対して、オレアリーは、『そのためには、裏面に付けるカラー・マークも用意されているし、また、最新のサターン・リングでは表面にカラー・リングが付けられるようにしてあります。』(上告代理人略)と答えていることからみて、このコンピュートロン・テープ・リールは、その裏面全体、すなわち、後面フランジ全体が着色されているものとは推定し難い。また、コンピュートロン社のCOMPUTAPEとLEXAN Reelsの広告には、白黒写真が掲載されているものの、それは前面フランジ側の写真のみであり、後面フランジ側の写真が存在しない.しかも、前面並びに後面フランジの構造についての説明も記載されていない。したがって、第一引用例には、 『前面フランジが窓なし透明であり、後面フランジ全体が単一色の着色不透明であるテープ用リール』という本件考案の主要な構成要件が記載されているものと断定することはできない。」(原判決6丁表二行~7丁表四行)

(二)、右審決の認定の推論の過程は、オレアリー発言(「……裏面はブルー、……いろいろのカラーがある。」)は、リールの後面フランジが着色されていることを示唆しているものの、宮本の反論(「裏面のカラーは、そのテープが稼動しているときは、何ら意味をなさない……」)に対してオレアリーが「そのためには裏面に付けるカラー・マークも用意されているし……」と答えていることから、後面フランジの一部着色を推認したものである。

宮本氏の反論からは、”裏面にはカラーがある”ことと、”(その)裏面のカラーはテープが稼動しているときに何ら意味をなさない”ことが判る。そのことから論理的に導き出せることは、裏面のカラーの部位は、リールの稼動中には外部からは見えない部位、つまり、ハブの部分と稼動の最終段階近く迄、テープに隠れて見えない部分(ハブに近接した周辺部分)に限られること、及びその逆にテープ稼動中に外部から見えるリールの裏面(後面フランジ)は捲回されたテープの外側の透明部分のみであることが推認される。これに対するオレアリーの「そのためには、……」の答えからは、裏面につけるカラー・マークは、テープの稼動中にも見える部分つまり、後面フランジの右透明部分に付けるものであることが推認できる。 本件審決の推論の過程は原判決よりも遥かに合理的で無理がなく、宮本氏とオレアリー氏とが問答の対象としている同一のテープリールは、後面フランジの全面でない一部に着色されたものとの認定は極めて至当である。

七、本件審決の認定は、前々項五の(一)ないし(三)で述べた、第一引用例の記載についての最も合理的な解釈と一致している。

これに反し、右認定を誤認と断定した原判決は、その示す理由中で甚だしい矛盾を露出している。

すなわち、原判決は、55丁裏の六行目から56丁表の一行目にかけて、

「前面フランジが透明で、後面フランジが不透明であれば、内部の捲回されたテープを見透かすことができ、かつテープの捲込、捲ほぐれに応じて後面フランジの見透せる着色面積部分が変化することにより、捲回されたテープ量を判別することができることは当然のことであるから、このような構成は前示オレアリー氏の発言に係るテープリールにも当然に具備しているものと認められ……」と述べている。(傍点は上告代理人)

その一方で、同じく「前示オレアリー氏の発言に係るテープリール」について、宮本氏が「裏面のカラーは、そのテープが稼動しているときに、なんら意味をなさないように思いますが……。」と質問した趣旨を解釈するに当たって、原判決は、53丁裏末行~54丁裏二行で、

「右の宮本氏の質問は、……旨のオレアリー氏の前記応答を受けて、そのようなテープリールを宮本氏なりに想定してなされた質問であって、……その質問の趣旨はリールにテープが相当量捲回された状態でコンピューターに装置されて稼動している状況においては、後面フランジは捲回されたテープによって見通しが遮蔽されることから、このような場合には、後面フランジが着色されていても、テープのカラー・コントロールに役立たないのではないかという疑問を述べた点にあるものと解するのが相当であり……」(傍点は上告代理人)と述べている。

前の引用個所は、「……テープの捲込、捲ほぐれに応じて後面フランジの見透せる着色面積部分が変化することにより……」とあることから判るとおり「テープが稼動しているとき」の状態についての認定であり、「後面フランジの見透せる着色面積部分が変化する」という以上、後面フランジの着色部分を見透かすことにより、リールのカラー・コントロールが(「テープ量を判別する」ことと共に)可能となることを認定しているのである。

かかる認定をする以上、原判決は、「テープの稼動中は裏面のカラーは(カラー・コントロールに)何ら意味がないように思う」との宮本質問は、趣旨不明の質問であると認定しなければ論理が一貫しない。それが嫌ならば、それ迄前提に置いていた”裏面の全面着色”という認識を放棄すべきであった。

そうであるのに、後の引用箇処で原判決が述べていることは宮本氏とオレアリー氏の発言に係る同一のテープリールについての宮本氏の質問の趣旨を何らの理由もなく殊更に、「リールにテープが相当量捲回された状態でコンピュータに装置されて稼動している状態」に限定し、全く正反対の矛盾した解釈(一方ではカラー・コントロール可能とし、他方では不可能とする)を採っているのである。

上告代理人注[四]

なお、後の引用箇処中で原判決は、宮本質問の対象としたテープリールにつき、「……そのようなテープリールを宮本氏なりに想定してなされた質問」と表現しているが、原判決が前提におく、後面フランジ全面単一着色説と矛盾する宮本質問の趣旨をリールの実体から遠ざけるためにわざわざ使用体験のないリールについての想定質問としてボヤかしたのであろう。オレアリー氏の発言に係るテープリールは、原判決が50丁裏で認定しているとおり宮本氏が「私共の会社で、昨年六月から本年一月にかけてコンピュートロンを実際使用いたしましたので……話を進めたいと思います。まず、……リール……について各々長所短所を申し上げます。」と述べているように、宮本氏が実地に使用体験を積んだテープリールを指しているのであって、「想定して」いるテープリールではないことは、上告代理人注[一]で既に述べた。

八、以上一ないし七までに述べた原判決の経験則違反、採証法則違反、審理不尽の法令違背が原判決に影響を及ぼしたことが明らかであること次のとおりである。

(一)、第一引用例に記載のリールの後面フランジが単一色不透明に着色されていると原判決が認定した論理の過程は、理由中の判示の順序に従えば次のとおりである。

(イ)、第一引用例に、オレアリー発言に係る、カラーコントロールのために後面フランジを着色したテープリールが開示されている。(原判決52丁裏一行~四行)

(ロ)、着色の態様としては、後面フランジの一部又は全部が単一色着色の場合と複数色に着色の場合とが想定される。

(同右六行~九行)

(ハ)、右の何れかを知るための発言も事情もなく、後面フランジの全面単一色着色の場合と比べてフランジの一部着色は格別の技術的意味が存しないから、オレアリー発言は単一色の全部着色と解するのが相当。(同53丁裏~裏二行)

(ニ)、宮本質問(「裏面のカラーは、そのテープが稼動しているときに、なんら意味をなさないように思いますが……」)は想定質問であって、リールにテープが相当量捲回された状態で稼動している状況においての質問と解するのが相当。

(同53丁裏~54丁裏二行)

(ホ)、オレアリー応答(「そのためには、裏面につけるカラー・マークも用意されているし、また、最新のサターン・リングでは、表面にカラー・リングが付けられるようにしてあります。」)は、「裏面」は「表面」の誤記。(同54丁裏)

(ヘ)、両者の右発言は後面フランジ全体の単一色着色と矛盾せず右認定を左右する発言とは解されず。(同右)

(ト)、オレアリー発言(「リールの表面は透明になっているが、裏面は……いろいろのカラーがある。」)は、前面の透明と後面の着色を対置。コンピユートロン・テープリールの後面フランジは着色不透明と推認。(同55丁表)

(チ)、甲第三号証の三の写真からレキサン・リールの後面フランジは不透明。(同55丁表~裏)

(リ)、後面フランジ不透明なら見透せる着色面積部分の変化によりテープ量判別可能。

後面フランジの色が複数のリールによりテープ内容の分類・識別に利用可能。オレアリー発言のテープも同様。

(同55丁裏~56丁表)

(ヌ)、叙上の事実と総合して、第一引用例には後面フランジ単一色着色のリールを記載と認定。(同56丁表)

(二)、(一)の(イ)、(ロ)迄は正しい。

(ハ)の認定は不当。単一色着色と認定する理由は不備である。最初の宮本発言、二番目の宮本質問とも齟齬していること前記五の(一)の上告代理人注[一]で前述のとおり。

(ニ)は上告理由第一点の五の(二)の上告代理人注[二]で前述のとおり経験則に反した認定である。

(ホ)は上告理由第一点の五の(二)の上告代理人注[三]で前述のとおり理由不備ないし採証法則違反の認定である。誤記とする必然性がない。

(ヘ)も右(ハ)、(ホ)と同じ。

(ト)は、オレアリー発言の「表面」と「裏面」をここでは対置させていながら、(ホ)では「裏面」のみを誤記としていることの不当がクローズアップする。とくに意味のない認定。

(チ)は採証法則違反及び審理不尽の認定であることは、上告理由第一点で述べた。

(リ)は(ニ)の認定と矛盾している。

(ヌ)は結論部分である。

(三)、(二)で通覧したところによると、原判決の論理過程には余り一貫性が見られないけれども相互に各項の認定が依存し合っている。

そして、(ロ)の認定から、(ヌ)の結論に導く迄に、経験則違反と理由不備、無意味な認定、採証法則違反を引き続き起こしている。この様に、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)迄独立して確固たる理由づけとなり得ておらず理由齟齬、経験則違反、理由不備採証法則違反の(ハ)、(二)、(ホ)、(ヘ)、(ト)の各認定はいずれもそれぞれ相互に支持しあって一つの論理構成をなしており、後面フランジの単一色着色の結論を支える重要な根拠となっていることが明ちかであり、その一つが欠ければ全体の論理構成が崩れて了うから原判決に影響を及ぼしたことが明らかである。

以上

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